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会長兼社長講義 バックナンバー【2018年6月28日】

当社では、毎月勉強会を行なっており、毎回1つのテーマに沿って会長が講義を行います。
ここでは、その講義内容をご紹介し、当社がどういう会社か少しでも知っていただければ幸いです。

平成30年6月28日

「生きる喜び」は「良く学ぶ」から生まれる
 人生色々、人もいろいろと唄われていますが、まさに人生は人それぞれの生き方において、その人の持つ運命と性格、性分で様々な生き方があります。

 島倉千代子さんは、歌手人生で自らの人生を「人生いろいろ」の歌の中で表現しています。私も自身の人生を振り返ってみますと島倉さん同様な「人生いろいろ」の中で現在があります。生きることは「働くこと」にある現実の人生を、私達はそれぞれの立場で生きています。即ち苦労人生当たり前が人が生きるということです。この中から私達は個々にどうして「喜び」「幸せ」「楽しさ」「豊かさ」を求めるかが人生での大切な課題です。人生を生きる上で最も大切な課題は、「目標をもって生きる」です。自分は、何を求めてどう生きるかという具体的な目標を設定することが大切な生き方です。目標を持たない生き方をする人には、人生での生き甲斐が感じられません。生き甲斐のない人生ほどナンセンス(無意味)な人生はありません。

 目標をもって生きる人生には「良く学ぶ」と難行苦行は当たり前です。生きる喜びは良く学ぶから生まれるは、その結果です。

 生きる喜び(2009年4月1日)のブログの中で青山学院大学学長のモンロー日記として次の記事がありました。アリストテレスの「ニコマコス倫理学」は、人生の究極の目的は「幸福」すなわち「良く生きること」であると規定して、人間の生き方についての議論を展開している。私も、最近は「生きる喜び」をキーワードにして社会や大学教育や人生のあり方について考えるようにしている。

 人間の「生きる喜び」は様々な側面から捉えることができるが、まず第1に「挑戦する喜び」があると思う。自分の素質や才能を信じて学問でも仕事でも趣味でも新たなことに挑戦する。この姿勢を失ったら人生の意味は失われてしまうであろう。

 第2に「達成する喜び」が挙げられる。何かに挑戦しても達成できなかったら意味はない。もちろん実際すべての挑戦が成功することはありえないが何か小さなことでもいいから達成することによって喜びが得られる。

 第3に「人生を知る喜び」が挙げられる。人間は、一人で生きられる存在ではない。人生の喜びの一つは何かを共同して行うなかで他人をよりよく知るようになり、そして他人から理解されるようになることであろう。

 第4に「知識を得る喜び」がある。人間は目標を掲げ、行動を行う中で様々な知識を得る。何事も成功するためには知識が必要であるし、また何かを達成する中で「ものの見方、考え方」といった広い意味での知識を身につけることができる。

 第5に、以上のように人と協力して、何かに挑戦して目標を達成して知識を得ることによって「成長する喜び」を感じることができる。自分が成長できたという実感は何物にも代え難いものであろう。

 残念ながら現在の日本社会は閉塞感があふれており、人と人とのつながりが希薄になり、なかなか「生きる喜び」を感じられなくなっている。私は特に今の日本では、多くの人が「生きる喜び」を感じられるような社会を築く努力が必要であり、すべての学生や教職員が日々の教育、研究活動のなかで「生きる喜び」を感じられるような場にしたいと考えている。そして残された自分の人生でも可能な限り自分自身の「生きる喜び」を追求したいと思っていると書いてありました。このブログの記事にある様に私達の人生で生きる喜びを持つことの大切さが理解できたと思います。この記事を書いているとき(5月13日 日曜日)NHKで、明日へ、絶望から再起 父子の壮絶人生というタイトルで広瀬アリスさんが訪問リポートした放送がありました。皆さんが知っての通り2011・3・11東日本大震災で津波災害により多くの犠牲者がでました。その中から岩手県大槌町の千葉さん父子の震災から現在までのリポート放映がありましたが、お二人の悲しみ、苦しみの中から将来に向かって生きようとしている思いがひしひしと伝わってきました。

 私は涙を流しながら、この放送を見ました「生きる喜び」をもつことの厳しさと大切さを知ることが出来大変感動しました。

 私は、人生の目的は善く生きること

 と信じていますが「善く生きる」ことのむずかしさを改めて感知しました。

 「生きる喜び」を求めて共に良く学び頑張りましょう。

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