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会長兼社長講義 バックナンバー【2016年4月28日】

当社では、毎月勉強会を行なっており、毎回1つのテーマに沿って会長が講義を行います。
ここでは、その講義内容をご紹介し、当社がどういう会社か少しでも知っていただければ幸いです。

平成28年4月28日

成功は小さな努力の積み重ね
 人には色々な人生での生き方があるが、それぞれがどの様に生きてきたのかでその結果は出てきます。長い人生の道のりを歩んでいく中で、千変万化の世の中を、ひたすら生きていくのが人生です。この人生を如何に良く生きるのかが、人生の目的です。私は毎日の日課として、朝のミーテングにおいて一口メモを発表しています。何故私がこれを始めたのかをお話いましょう。良く生きる人生とは良く学ぶことから始まります。先人の知恵や、毎日のテレビ、新聞の報道の中に多くの学びの基があります。自分の現在の生き方の中で、これでいいのかを比較し反省するための、教材にしています。

 ここで、私が過去に実践したことをお話ししましょう。今から53年前に事業に失敗してここ北九州市に来ました。地獄から這い出た私がどう生きていくのかが始まりました。全てを無くした私が出来ることは何かからのスタートです。幸いにして親からもらった健康な体がありました。それと、今一つは家族です。何としてもこれを養い育てていかなければいけない責務があります。これが私の人生のその時の目標でした。具体的な行動規範として何を為すのかが課題です。手に職のない私に出来ることは何か。そこからが始まりです。まさに、五里霧中です。無い知恵を絞り、無我夢中で考えているうちに出会ったのが、カビだらけの胴縁です。製材所が販売に窮していた製品です。山のようにうず高く積まれている胴縁を眺めて、製材所の社長が溜息しながら、「売ってきてよ、頼む。」と本当に真剣に頼まれた。この出会いが北九州での最初の木材とのご縁です。ここからが、私の難行苦行の始まりです。素材はラジアータパインです。ニュージランドの松で当時は梱包資材として使用されていました、その端材が胴縁として建築用に製造されたものです。当時は杉材が主流でしたが住宅需要の増加に伴い胴縁の需要が拡大していました。どうすればお客様に松胴縁が理解され、買っていただけるのか、試行錯誤をしながら出た結論が、サンプル使用品として置かしていただき、大工さんには私が直接松胴縁のノウハウについて説明させていただきました。値段は杉胴縁の半分です、最初のうちは不安な気持ちで使用を始めた大工さんも、松胴縁のもつ特性に気が付き積極的に使って戴けるようになり、私の販売本数が毎月何と5万本を超える記録的ヒット商品になりました。大げさかもしれませんが、北九州市で生産していた大半の松胴縁は、私が販売をしていたかもしれません。これが、切っ掛けとなり、次々とアイデアーが生まれ、多くの失敗を繰り返しながら一歩一歩前進と改革を常に心がけ、今日に至りました。

 ここからは、先人の知恵を借りてお話します。まずは、松下幸之助さんの「一歩一歩の尊さ」について。仕事はいくらでもある。あれも作りたい、これもこしらえたい、こんなものがあれば便利だ、あんなものもできるだろう、と次から次へと考える。そのためには人力が欲しい、資金が欲しいと願うことには際限がないが、一歩一歩進むよりほかに到達する道があろうか。それは絶対にない。やはり、一歩一歩歩んでゆけばそれでよい。策略も政略もなにもいらない。一を二とし、二を三として一歩一歩進んでゆけば、ついには彼岸に到達するだろう。欲しいと願う人も一人増え、また一人増えてついには万と数えられよう。一歩一歩の尊さをしみじみ味わわねばならぬ。次に、思想家、中村天風さん語録「鋼鉄を鍛えるが如く」。自己陶冶とは、自己の人格を向上させることで、あたかも鋼鉄を鍛えるのに等しい。鋼鉄は鍛えれば鍛えるほどその質を良好にする。自己陶冶を等閑視すると人間を向下せしめるような消極的の暗示や価値のない誘惑に我我の精神が感応しやすくなり、反対に自己の向上に必要な積極的の暗示や、または正しい自覚を促す真理に感応しなくなる。その結果、人生苦のみを多分に味わうことになるのである。<等閑視とは、いい加減にして、放っておくこと。なおざりにすること。>つまりは、人間も鋼鉄と同様に常に、切磋琢磨して自己陶冶することが肝要です。

 先人の知恵は無限にありますが、私たちが人生を良く生き抜く為には、どんなに小さい事でもおろそかにせず自身の人生の糧になるために「小事が大事」「大事の前の小事」いずれも大切にして学び励むことで、それぞれの人生の結果は出ます。

 ここで先人や人生の達人の名言を一部紹介します。

 全てのことに一心不乱に取り組めば、必ず道は開ける。私はこれを信じて生きています。

 人生は「さしすせそ」の詩



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